先見者 ジェームス アーバイン

1870年当初、アーバイン、フリント、ビクスビーの三つの大牧場は羊の飼育に大きな影響力を持ち、貸し牧場経営にも乗り出していました。
1876年、ジェームス アーバインは賃貸パートナーの利子から、$150000(1千613万1000円:当時と現在では$1の価値が異なります)を獲得。110000エーカー(4億4712万8000平方メートル)に及ぶ所有地は、太平洋に面する海岸からサンタアナ川まで、23マイル(約37キロ15メートル)にも及ぶ広大な土地にさらに広がったのです。

ジェームス アーバインは1886年に死去。1892年にその息子ジェームス アーバイン二世が牧場の全所有権を獲得、その二年後の1894年に土地を法人組織化しました。そのジェームス アーバイン二世は牧場運営をオリーブ栽培、かんきつ類果樹園といった田畑作物場へと変えていきました。
第一次世界大戦の間に農業運営は厳しいものとなり、1918年までに、アーバイン牧場内の約60000エーカー(約2億4388万8000平方メートル)の土地にリマ豆が栽培されることとなりました。

第二次世界大戦中には、土地の中に二つの海軍施設がアーバインカンパニーにより建設され、政府に売られました。

そのジェームス アーバイン二世は1947年に79歳で他界。会社の運営はその息子であるマイフォードに引き継がれ、マイフォードは都市開発の為に牧場を小さく区分けして、売りに出していきます。

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